●上杉と越後
征夷大将軍に任ぜられた足利尊氏は、
いとこの上杉憲顕を越後守護に任命しました。
これが越後と上杉氏の最初の関わり合いです。
1340年頃と考えられており、国府(直江津)に本拠を置きました。
上杉氏は後に、山内・扇谷・宅間・犬懸・庁鼻・越後などに
分かれましたが、憲顕は山内上杉氏の祖となります。
越後守護職は憲顕の子憲栄へと伝えられ、
この憲栄が越後上杉氏の祖となります。
●長尾と越後
長尾氏は相模国高座郡長尾郷が本拠。
何らかの伝手で上杉家に仕官し、
新田義貞軍との戦いで戦功があり越後守護代に任ぜられました。
初代越後守護代は長尾景恒でその子孫が守護代を相続することになりました。
●上杉房能
上杉房能は憲顕から数えて、7代目の越後守護(1494年)です。
世は下剋上。
1507年8月1日、守護代長尾為景は房能の養嗣子定実を擁立し、
房能排斥の兵を挙げました。
府中を追われ、兄である関東管領上杉顕定を頼って逃亡。
ついに松之山まで落ち延びたましたが、8月7日午後2時頃、
眼下に見える信濃川には為景の大群がひしめき、観念して自刃。
実は大群に見えたのは信濃川の石であった。。。
●房能と松之山温泉
房能には嗣子が無く、娘の「かみ」に婿を迎えることになり、
1503年結婚式を挙げることになっていました。
ところが、かみに「はれもの」ができたため延期して、
松之山温泉で湯治。
はれものも良くなり、その年の暮れには
無事祝言を挙げることができたそうです。
●管領塚
管領塚についてはこちらをご覧下さい。
- 2006/09/09(土) 17:28:32|
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